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東京地方裁判所 昭和63年(特わ)2030号 判決 1989年5月30日

主文

被告人を懲役一年及び罰金二〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五一年千葉市内で食肉卸業を始めたが、昭和五九年ころには約二億円の負債を抱えるようになり、食肉小売業に転じたものの業績は好転せず、昭和六二年一月ころ店をたたむに至り、同年三月ころからは、食肉販売業等を営むA食肉株式会社の代表取締役Bから同社名義で食肉卸業を営むことの了承を得てC産業株式会社(代表取締役D)から食肉を仕入れて右営業を行い、さらに、同年一〇月ころからは、右Bの了承を得てA食肉株式会社千葉営業所長の名称を使って、千葉市高浜二丁目二番一号所在の千葉市中央卸売市場内に事務所を設け、右営業を行っていたものであるが、法定の除外事由がないのに、

一  昭和六三年七月六日ころ、東京都足立区入谷九丁目一六番二五号所在のE運輸株式会社足立営業所において、F食品株式会社(代表取締役G)に対し、へい死した牛の肉約二九一〇キログラムを代金二四七万三五〇〇円で食品として売り渡し、

二  同日ころ、群馬県桐生市広沢町間ノ島四〇一番地所在の有限会社ミートセンターHや広沢工場において、I株式会社(代表取締役J)に対し、へい死した牛の肉約一三三五キログラムを代金一一二万一四〇〇円で食品として売り渡し、もって、へい死した獣畜の肉を食品として販売したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は包括して食品衛生法三〇条一項、五条一項に該当するところ、情状により同法三〇条二項を適用して所定の懲役と罰金とを併科することとし、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金二〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金四〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(争点に対する判断)

弁護人は、食品衛生法五条一項にいう「へい死した獣畜」について、と殺以外の原因により死亡した獣畜をいい、生体牛をと殺したものは右と殺が適法か否かを問わず含まないから、生体牛をと殺して採取した肉を販売した本件の場合は、同条項には触れず、被告人は無罪である旨主張する。

しかしながら、食品衛生法は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする(一条)ものであるところ、五条一項において、一定の疾病にかかり、又はその疑いがある獣畜の肉等の食品としての販売及びその用に供するための採取等の準備行為を禁じた趣旨は、右目的に鑑み、疾病獣畜の肉等を飲食することによりその疾病が人に伝染する危険性を考慮したものであり、また、これと並べてへい死した獣畜の肉等についても同様に食品としての販売等を禁じた趣旨は、へい死した獣畜については右疾病の有無が不明であり、かつ、腐敗の危険も大きく、食品としての衛生に配慮した的確な処理も期待できないなど人の健康を損なうおそれがあることを考慮したものと解される。このような食品衛生法の立法趣旨に加えて、同法五条一項、同法施行規則二条一項は、と畜場法一〇条五項、同法施行令五条、同法施行規則六条により検査対象とされている疾病を規制対象とし、しかも、食品衛生法五条一項ただし書で、「へい死した獣畜」の肉等であっても吏員が飲食に適すると認めた場合には食品としての販売等を認める旨規定していることに照らすと、同法五条一項は、と殺の前後に同条項のいう疾病の有無について検査を受けた上で、と畜場法所定の衛生条件を具備した施設において、同法所定の方法に基づいて解体処理される適法なと殺・解体等を経た獣畜の肉等についてのみ食品として流通することを許容し、それ以外の原因で死亡した獣畜の肉等が食品として流通することを規制するものと解するのが相当である。

そして、関係各証拠によれば、本件牛肉は、いずれもと畜場で適法にと殺された獣畜の肉ではないことが認められるから、「へい死した獣畜の肉」にあたり、被告人の本件行為が食品衛生法三〇条一項、五条一項に該当することは明らかである。

よって、弁護人の主張は理由がない。

(量刑の理由)

被告人の本件犯行は、前記のような食品衛生法の趣旨を踏みにじるとともに、へい死肉を一般市場に流通させて消費者たる国民の食品の安全性に対する信頼を揺るがせるものであって、その社会的影響は大きく、強く非難されるべきである。しかも、自らへい獣処理場に出掛け、前記Dから仕入れている肉が正規のと畜場を通っていないことを認識した後も、自己の負債の返済資金を捻出するために、同人が逮捕されるまで、多量のへい死肉を仕入れ、これを他に販売していたのであって、その動機に酌むべき点がない上、本件もこのように営業的に行われた犯行の一環として行われるなどその犯行態様も悪質であり、一連の犯行の結果、多額の利益をあげていることを併せ考えると、被告人の刑事責任は決して軽くはない。

しかしながら、幸いに本件犯行によって現実に人の健康を損なうことがなかったこと、被告人は、と畜場を通っていない肉を食品として販売したこと自体については捜査段階から率直に認め、当公判廷でも更生を誓い、検挙後は食肉関係の仕事をやめガードマンとして稼働するなど反省の情が認められること、前科前歴がないこと、更生に協力してくれる家族がいることなど被告人に有利な事情もあるので、これらの諸事情を総合考慮して、主文掲記のように懲役刑と罰金刑を併科した上、懲役刑の執行を猶予するのが相当であると思料する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田 健 裁判官 中谷雄二郎 裁判官 森 純子)

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